7月, 2005年
祀り×祭り×まつり
湿気の多い梅雨も緩やかに夏の光にあてられて薄らいでいる。梅雨明け宣言も九州地方の
まで上がってきているのを肌で感じるような日差しと蝉の鳴き声である。
数日前に御幸森神社と弥栄神社の三地車(鶴橋、猪飼野、勝五)の練習にご挨拶に行きました。
その時の画像が以下の物です。


次に7月15日(大西の誕生日です♪何か一年過ぎるのが早すぎですね。)巽祭り本番でこの日は
伊賀ヶ地区で巽各地車・布団太鼓(矢柄、四條、大地布団太鼓、西足代、伊賀ヶ、伊賀ヶ西子供太鼓)
のパレードが18時50から開催されて大変賑やかで楽しいパレードになりました。
ちなみに伊賀ヶ地車曳行百周年になりますので合わせて記念パレードでもありました。おめでとうございます。




いつの時代も『まつり』と言うものは存在する。
なぜ『まつり』なのかというと元々中国では国利益を守る為に神々に供物を整え祭式を行い神の御技の代行者
と言うのが皇帝や大王なのである。国中の穀物が実り、天災が来ないように願うのが根本である。
日本の天皇陛下も今でもこの祭式を行っている。
日本の場合は殆どが陛下の勅旨が各祭式場に行き祀りを執り行いのであるが、かすみの関係者によると
勅旨が祀りをしている最中は陛下は内殿で神々にかしずいていると言う。
『まつり』が色々な意味が有るのだが政治を行うのも『まつり』神にかしずいている社家のお祭りも『まつり』
である。しかし全て言える事は神に守って頂く、その事を中心に政治も祭りも祀りも行われなければ成らない
人が見ても恥ずかしい事もさることながら自分の守って頂いている神に背を向けないようにしなければ成らない。
神は太陽であり、風であり、水であり、自然の全てである。その事を基本として地車も運行しなければならない。
地車自体が神の御神体であり、地車が運行している地域に災厄が来ず皆が一年幸せであるようにと言う意。
人は一人で何でも行える。
人は一人で何でも行えると信じている。
人は一人で何でも行えるのが大人の証と言う。
しかし考えなければ成らない。
人は生まれいずる瞬間から死ぬるまでに何人の人と出会うのか。
人は生まれいずる瞬間から死ぬるまでに神々の祝福をどれほど受けているのか。
成功すれば自分の能力や苦労に嬉々として喜ぶ。
失敗すれば色々な人の責任にし、神をも怨むのである。
しかし人は生き続けなければ成らない。一つの成敗に捕われてはならない。
神は守る者の為なら死ぬ前面まで追い込む。しかしそれは神の愛であるとしるべし。
神と人とは神人一体でである事努々忘れるべからず。
未来を担って・・・
過去から現在、未来へと時の流れはあたかも激流のようにながるる水しぶきを撒き散らして
走り抜けてゆく・・・・
私が政治の世界に入ったばかりの時に元参議院議員坪井一宇先生の選挙がありその選挙を終えた時に
自民党大阪府連青年局に入らせて頂きました。
あれから16年・・・色々な経験をし、色々な決断をした年月と等しき事である。
今回の府連青年局の青年局大会に先立ち9日(土)に青年局役委員会が開催され次期青年局長の推薦を
馬場青年局長が私こと大西 宏幸に指名推薦を頂く事に成りました。
まず私の仕事は9月18日に開催される自民党大阪府連青年局大会で全役員の人事を発表して了承を頂かねば
成らない。人事と言うのはバランスが本当に難しく特に府議会議員と大阪市会議員、各都市の議員さんの均等感覚
が最大に重要であり、特に今回新設を考えている政治大学準備事務局長、街宣・広報部長を誰にするのかが
最大の悩みである。
その他にも細々した懸案が残っている。前回勇退した議員のトラップたる火種をどう消すかも懸案の一つであり、
前々からの悩みの種でもる。
何はともあれ馬場局長とよく相談をして回りの声も取り入れて案を作ろうと思う。
現実に50人近い現職の議員の将来の事、未来に当選してくるであろう新しき方々の事、そして日本国の未来を担って
いる自覚と責任をどう表現して良き現実として行くのかが大西に架せられた使命であり皆の希望であると信じている。

未来は必ず誰かに作られる。
未来は必ず誰かに人の為に有りと信じられ作られている。
未来は信じる誰かが、いや!信じる全ての人々が
地位を与えるのだ・・・責任の担ぎ手とする為に。
担がれる重たき荷物はより良く磨かれ大事にされ
そして次の約束の時と場所で引き継がれるのである。
さればからこそ問おう!
その重き熱き尊き受け継がるるものを自分の全知能力を
もって両手を広げて抱きかかえるが如きに背負い戦えるかを!
さればからこそ問おう!
己を信じ天下国家の為にあらん事を!
人が選ぶ事、為政者が選ぶ事
人が選ぶのは生まれいずる瞬間から無意識であるが選んでいる。
泣く事を選び、母親の母乳を飲むことを選び眠る事を選ぶ。
人は勘違いしていて選択の影響を自分以外の人物に委ね、自分以外の人物に答えを得ようとする。
これは若し失敗すれば?もしもと言う時の保険を選んでいる。
他人に影響されれば、他人に答えを見出せば、間違いや失敗した時他人の責任に出来るからである。
これ全て選択の範疇なり。

昨日の衆議院本会議で郵政民営化法案がわずか5票差で採択された。
印象深いのは小泉総理・総裁の票が発表された時におおっ~!と言う顔をした時、この人危ない橋を
わざわざ渡っているな~って感じました。
良きにつれ悪きにつれ一国の国家元首が選択をして崖っ淵に自ら好んで立つのだから私的には賞賛
したい気持ちであり、勝てば英雄、負ければ道化・・・・これも分かってるんだろうな~って思ってしまう。
小泉総理・総裁の賛否は色々有るのだが逆に国家国民は小泉総理・総裁を賛否する事を選び小泉と
言う名前を自ら好んで記憶する事を選んでいる。
甚だ面白き現象である。
小泉総理・総裁の靖国神社参拝も小泉さんの選択であるが、もう一つ選択している。
アジアの・・・特に中国、韓国に対して戦後の終わりの選択である。
いままで為政者が中国とか韓国に賛否を投げかけた事があったであろうか?
今まで謝れ!謝罪しろ!戦時の事はいつまでもお前ら日本人の負債だ!だから土下座して言う事を
聞き、金や物を出せ!!靖国神社なんか参拝しやがったら宣戦布告とみなすぞ!!てね。
歴史観や思想観、習慣、風習が半島や大陸の儒教の考え方と違う。いや!違う事は各国の指導者は
分かってる筈である。
昔、壱岐・対馬が襲われ殆ど全滅させられ数千人が当時の野人女真族(金国とか清国とかを作った民・各
部族に分かれて、建州女真・海西女真・野人女真などに分かれて文化の格差を伴い勢力を持っていた。近年
知られているのは満州民族である。その中で野人部族は一番戦闘力を維持した部族で野蛮なりと唐書に書か
れている。)に捕虜・奴隷にされて大陸に連れ去られた時に当時の唐国辺境守備部隊と戦闘になり捕虜・奴隷に
されてた日本人を返還して下さったと唐の歴史書に出ている・・・これを倭寇とも言う。
元寇襲来の時もそうだし侵略された時もそうだが必ず敵が死に屍を晒す。
しかし日本人の当たり前の習慣としてその憎き憎悪する屍をねんごろに弔い、塚などを作って慰霊すりのである。
日本は生きている人間より死んだ魂(鬼とも言う)が怖い。闇が怖い。鬼が怖いので慰霊するのであり、特に
敵である骸に呪われる恐怖は如何ばかり・・・
逆に大陸、半島にある昔からの教えに儒教があるが、この教えに従うと侵略者や敵は死した骸は晒せ!
死に朽ち果ててゆくのは見せしめでありドブや肥溜めに捨てられたと言う・・・
豊臣秀吉の朝鮮出兵もそうだが大量の死人が出ている筈だが慰霊や塚の類は存在しない。
朝鮮戦争の時も数万人のアメリカ兵が朝鮮半島の南端まで追い詰められたのだが最終的には38度線
まで撒き戻すのに成功したのだが大量の戦死者が出て、その時の戦いに参加した元北朝鮮兵士のインタビュー
を聞いた事があるが死んだアメリカ兵に口を開けさせ口に土を詰めて皆で笑っていたと言う物だ・・・・
進軍するたびにアメリカ兵に土や糞尿を口に入れて屍を辱めていたのであろう。
これだけの歴史観の違いが有るのに世界に名だたる指導者が知らない筈が無い・・・知らない事を選択している
と言う事だ。
だから小泉総理・総裁の選択は後世の歴史家にどう評価されるかは不明であるが言える事は必ず将来賛否
される人物であることは確定している。(歴史に名を残す意)
今回の衆議院本会議の賛成233票(白票・・薄氷?)、反対228票(青票・青息吐息w)わずか5票差、これだけ
為政者が選択をした訳であり、誰にも責任を押し付ける事の出来ない為政者の選択である。
時系列は昨日に戻るのであるが、5日に監査請求されていた8人に対し請求されていたのであるが4人が特定が
監査請求で不足しているので外されている。もう少し考えて請求すればなぁ~と思ったりもするのであるが、その他の
4人に本年1月から4月分の計約380万円を返還させるように監査委員会勧告を関市長は受けた。
特質すべきは今まで言われてなかった1月以前の事柄もこの1月~4月の調査で少なくも変らないだろうし、4人の内、
3人は昨年の勤務実態を再調査して給与を返還させるべきであるとされた。
関市長が主張している1月以降の調査は困難だし無意味だと言う私の質疑の答弁に述べた事柄を真っ向から異を唱えた
事になる。関市長・・・あと2年なんだから気張ってやり抜きましょうや!
各々選択はあるだろう一般市民、一議員、首長(市長とか知事の意)その立場で考え選択して大なり小なり未来を創造
していくのである。
