8月, 2005年
日々は黄昏て日はまた昇るPRT2
この戦後を振り返る意味でも議員有志でサイパン島に慰霊に行きました。
本来ならば先に日本人軍民の方々の慰霊塔にお参りに行く筈だったのだが、近くの島の火山爆発で着陸不能で(関西新空港
からサイパンに行くには夜間の便しか散在しない)
丸々2日間日程が頓挫してしまい、あわや中止と言う時にJALが昼間の臨時便を出して頂き、1泊2日でサイパンに向かわせて
いただいた次第です。
現地の方も多々亡くなっておられるのだが殆どがアメリカ軍の空爆の煽りで、慰霊碑の名前の中には日本名も有り、不思議に
感じて管理しておられる方に聞いたら当時にサイパン島に住んで
おられた方と現地の女性のが結婚した例が少なからず見られ子供の名前も見出される。
次にアメリカ軍戦死者の慰霊碑に向かう(現地の方の慰霊碑の近く)
アメリカ軍慰霊碑の所には地元新聞社が数社取材して頂き、その写真が次の朝刊に記載された。
次に日本人慰霊碑に向かう。
到着したのは断崖の真下で本当に寂しい場所にある。断崖というのが日本人が身を投げたツインクリフトである。
その横には現地の観光スポットにはラストコマンド(只の砲台後であるのだが・・・・)と書かれている場所があり、
そこから海に向かった所が万歳クリフトである。
全ての場所で自分で出来る限りの供養のお経を上げさせて頂きました。
しかし一つだけ気に成るのが特に万歳クリフトが観光スポットに成っている事実であり、島自体の方向性が悲しい事実の
一つ一つを観光集客の為に使っている事実である。
次の日に米自治領北マリアナ諸島政府のババウタ知事と面会して意見を交換した。
ババウタ知事は2期目の選挙真っ最中にも関わらずわざわざ時間を取っていただきました。選挙区としては各諸島を
回らなければ成らないので大変だと推察するのだが、これも一期一会なのでどうぞ当選して頂く事を心より祈念致します。
最後に、どんな事が有っても時代と共に時間と共に価値観が変っても変えてはいけないのは国を守って死んだ方々の
心からの哀悼の意である。何人たりとも今次大戦で亡くなった全ての方々を愚弄、侮辱をする権利は誰にも無い。
日々は黄昏て日はまた昇る
8月15日は日本がアメリカに無条件降伏をした日である。
アメリカ側から見れば太平洋戦争、日本から見れば大東亜戦争になる。
マスコミなどが太平洋戦争だと言っているのはやはり日本が敗戦国であり、敗戦日本を統治したのがGHQ(連合国最高司令官司令部)
であり不平等(戦勝国が敗戦国を裁く行為は平等ではありえない)
な極東軍事裁判(俗に言う東京裁判)で当時の指導者
や軍の指揮官を処断してA級からD級までランクを付けて刑を執行した行為からアメリカの歴史を刷り込みされて行く過程で
太平洋戦争と言う言葉が主流になったのである。
ヨーロッパでは昔から戦争の戦勝国が敗戦国に最大の仕打ちをする事が度々あったようである。
それは何かと言うとその国の歴史の否定、言葉の使用を禁止する
等々の民族の消滅を図ろうとする行為である。
アメリカはこの大東亜戦争で人類が今まで成さなかった実験を数々行いあたかも人類や神々に戦いを挑むかのような
行為を多々行った。
その最たるのが広島・長崎に投下された人類初の熱破壊兵器の原子爆弾なのである。
その他にも数え上げれば多数の実験が成された。
例えば焼夷弾である。焼夷弾は日本の為に開発された投下型爆弾で、この戦後60年を前にして数々の極秘文書のタイムリミット
が解除されて公開された中に、焼夷弾と日本における市街地
爆撃に効果実験とされている文書が発見され当初の爆殺目標は180万にであったと言う・・・
日本国憲法のそうだし、教育基本法もアメリカが日本を良くするために素案したのではなく帝国主義の国から左側、
社会主義の移行を実験していたらしい。
確かにアメリカは素晴らしい国だし恩義と言うべきものも存在する。
だけど戦後60年にしてダグラス・マッカーサーに対して心の底からお礼を言う気持ちが無いのも事実である。
もう一つ言わなければ成らないのは太平洋戦争の歴史的事実や、太平洋戦争と言う言葉もアメリカ人が書いた小説から
来ている事実を皆々には知って頂きたいのである。
暑い日々×熱きねっけつPRT3
人は子供の頃より聞き慣れた音や懐かしき匂いがある。
その音や匂いに触れた時人は子供に戻るのであろう・・・
31日は地元の夏祭り本番です。
朝からバーベキューの足らない物&予約していた肉を買いに行く。
ちなみにお肉は5Kの大量なる肉である・・・その肉が全て消えるのだから凄い(w
昼過ぎの3時ごろから用意を始め網を買うのを忘れてたので嫁の友達に買って来てもらう。
そうこうしてるうちに子供の友達のお父さんも応援に来てくれて賑やかに成って行く。
子供達に色々遊ばせておいてセッセと色々な物を作りつつ焼き物をする。
子供はスーパーボールすくいとか色々な遊びをして、もう一人の友達のお父さんが職業的な
的確さで子供達を楽しませてくださいました。
夕方5時半頃に大友青友会さんの地車が来る。
徐々に祭りの雰囲気の皆々がワクワクしだす。本当の地車はいいもんですね~
連続して片江青年会が休憩に来る。
早く祭り衣装に着替えて行きたい!!気が焦るが次が来る・・・・
次は東小路青年会(腹見青年会)が来ました♪
東小路の地車が来る前に姉の友達、桑名さんの奥さんはじめ多数の人が来たものだからテンヤワンヤの大騒ぎに
成りつつお迎えしました。賑やかなのは良い事?です(笑)
そうこうしてるうちにバーベキューも盛り上がり子供達と花火をして色々してるうちに気が付けば10時過ぎ・・・(^_^;;
8月1日は仕事をしつつ、東成にある祭りのグッズが売っている店に行き生まれて初めて子供2人にハッピ姿に少し喜びを
感じる。
夕方は中川正進会さんが休憩に来る。
正進会の方々に挨拶をして地車が出発して直ぐに片江青年会と合流する。
上の子も下の子も地車を引っ張るのが楽しくて仕方ないようだ(笑)
家族4人で祭りも楽しいです。本当に子供達の喜ぶ姿を見るのは心が弾みますね~嫁は疲れ果ててたようだが(笑)
暑い日々×熱きねっけつPRT2
28日はお不動さんの日です、一切悪い事は出来ません。
と言う事で7月28日は昼から不動護摩をし、行者仲間(一応弟子と言う事に成ってるが~同輩的)の畠中君が
近々結婚すると言う事でお相手の女性を連れてきた。
政治家の奥さんに成られるには丁度良い女性だと思う。男女の出会いは神仏の掌にと言うことなんであろうか?
毎月、護摩をしていて今年で9年目になる。これだけ初回の火が付かなかったのも経験が無いぐらい火が
付かなかったのだが招待していない諸々が多く来ていた様だ・・・
順調に護摩大行も無事に終わったのだがやはり護摩はこの季節は激熱いのである。ローソクが途中
溶けて曲がっていく位に。
7月29は31日、8月1日に自宅に清見原神社所属の各旧村の四地車(7月31日は片江青年会、大友青友会、
東小路青年会が8月1日は中川正進会)が休憩しに来て頂けると言う事で3年前位から子供の通っている
幼稚園の子供達を招いてバーベキューをする事に恒例になってしまっている・・・子供の期待満々だから辞めれない(爆)
7月29日はその日の為に買出しに行ったのだが業者専用(一般も買えます)のお店に行って大量に購入~
何せ去年から私の姉の関係で桑名正博さんの奥様はじめバンド関係者も合流して総勢30人を越える人数
に成っている訳で、その数をこなす数を買うのだから・・・大変だ(^_^;;
7月30日は毎回私のブログにレス下さっているrokuroさんのお引き回しで某所で西村眞悟さんとお話出来る
機会がありまして色々お考え等々・・・今の政局とか国家の行く末、私の考えてる事を長時間に渡って話す
ことが出来た。はっきり言うてあの人は民主党には勿体無いし浮いてるのは確定であろう。
自民党の議員も考えなければ成らない目先の利益よりも50年後の体系を本当に考えれるのかを・・・・
自民党よ組織は日本の為、国民の為の便宜上の只単なるツールなのだと思い出してくれ!
自民党よ天下国家の為に頑張らねばならぬのだ。
暑い日々×熱きねっけつPRT1
日々暑い日が続く今日この頃・・・
更新しようと思っていたブログもようやく再開できそうである。
なんせ毎日が忙しい(笑)
時間軸を少し逆戻りをして書いていこう。
7月の20日に杉良太郎さんの楽屋見舞いに新歌舞伎座に行く。
今回の舞台で基本的には杉良太郎さんの舞台人生の最後に成ると言う事で少ししんみりと楽屋に
向かったが毎回、お会いすると杉さんのオーラで言葉がシドロモドロになるのだが流石に久しぶり
にお会いしてもそのオーラ健在でした。なんせ緊張します、テレビの生放送よりもです(笑)
本番の15分前にお会いできギリギリ5分前まで本当に人生についてとか今後の人生設計とか
失敗は若いから出来る、歳いったら失敗出来ないんやでなど・・・ete お話しました。
今後とも我々のヒーローで居続けて下さいね。 そう言えばこの頃、息子の山田純大君と会って
無いが頑張ってるのだろうか?久しぶりに飲みたいものだ。
7月23日は青年会議所が恒例的に毎年行うサマーコンファレンスと言うイベントがある。
これは全国の青年会議所LOM(各青年会議所をLOMと単位する)が一同に介して色々
イベントをするのだが私は来期の自民党大阪府連青年局人事の最終打ち合わせを次期、幹事長の
松井府議と府連で行い気が付けばえらい時間に成ってて新大阪の新幹線にむかいうが、関東地方で
震度5強の地震で新幹線が止まっていたらしく電車の時間が大幅に遅れていた。
そのまま名古屋に向かいイベントに参加しつつ会員開発特別会議の各小会議の会に順次参加&議長の
関係者のJC同窓会に参加・・・気が付けば5時?頃やったかな(^_^;; タクシーの乗って帰ったのであるが
自分が酔ってたかって言えばそうかも知れないが歩いて2分ぐらいな所をぐると回られて送られた・・・送迎料か?
名古屋の人も良い人ばかりじゃ無いって事かな?(笑)
7月26日は前に調整した人事案件を馬場青年局長の了解を頂き各メンバーに連絡する。
やはり一人だけ調整に難航する。困った物だ・・・デカイオヤジの遺産も。
7月27日は青年局主催のゴルフ大会~関空ゴルフって所に行きましたが素晴らしいコースでした。
素晴らしいコースなのだがメチャスコアーが悪かった(^_^;; 中身は言えない書けない(爆) 練習せねば・・・
その後は堺まで戻って鳳にある馬場青年局長の御実家の料亭で11時近くまで騒ぎつつ飲み食いさせて
頂きました。美味しかったです感謝(笑)
そして各先生方お疲れ様でした。
